大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所岡山支部 昭和51年(う)34号 判決

組合専従員

甲野一郎

組合専従員

乙山二郎

右両名に対する傷害、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反被告事件につき、昭和五一年一月二一日岡山地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人両名からそれぞれ適法な控訴の申立があったので、当裁判所は検察官杉本欽也出席のうえ審理をむして、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人両名をそれぞれ罰金四万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は、昭和四八年六月一日証人松田正義に支給した分を除き、その余全部を被告人両名の連帯負担とする。

理由

一、本件各控訴の趣意は、弁護人寺田熊雄、同一井淳治、同内藤信義連名の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

各弁護人の論旨は甚だ多岐にわたるが、これを要約すれば、おおむね次のとおりである。

(一)  原判決は「被告人両名が他の動労組合員らと意思を相通じて、豊島末吉を取り囲み、こもごも肘で同人の胸などを突き、あるいは同人の脚にひざ蹴りを加えるなどの暴行を加え、よって同人に加療約一週間を要する右胸部打撲等の傷害を負わせた」旨判示しているが、右のような集団暴行の事実はなく、真相はただ豊島が動労組合員らと言い合いをしている最中に横柄な態度をとり、狭い廊下に大勢の人間が詰まっている中で、前にいた相手の足を踏んだり、相手の体を強引に押しのけたりしたために、混乱が生じたに過ぎない。

また当時豊島が右のような傷害を受けたという根拠になっている浦上医師の診断書は、もっぱら豊島本人の訴えにもとづいて作成されたものであることがうかがわれ、鉄労組合員である豊島と動労組合員である被告人らとの敵対関係に鑑みれば、右診断書の記載内容は、原審公判廷における豊島の証言と共に、甚だ疑わしいものであって、これらの証拠によって原判示の傷害の発生を認めた原判決の認定は、事実を誤認したものである。本件が発生したのは昭和四七年四月二〇日であるのに、豊島は同日足に負傷したということで手当を受けただけで、それも全く軽微なものであったのに、胸を突かれたことについては何もいわず、同月二四日になってようやく胸が痛くなったと称して診療を求めているのであり、その訴えは甚だ不自然である。仮に真実胸が痛み出したものとしても、その原因としては神経痛などの疾患からきていることも十分考えられるのであって、本件との関連には疑問がある。

(二)  原判決は被告人両名が他の動労組合員らと意思を相通じて、片山基義に対し、数人共同して原判示第二のような暴行を加えた旨認定しているが、被告人乙山が片山の身体に手を触れた事実は全くなく、被告人甲野も片山に対し原判示のような唾を吐きかけ、耳もとで怒号し、ヘルメットをかぶった頭を相手の顔に当てるなどの行為をあえてしたことはない。この点の原判決の認定は全く誤りであり、特に被告人乙山の暴行を認定した点は、原判決挙示の証拠とも矛盾し、理由にくいちがいがある。片山の胸ぐらをつかんで引っ張ったのが真殿末男であることは、原判決が掲げる第一〇回公判調書中の同人の供述部分によって明らかであり、片山の右胸を叩いたというのも、河本清が片山の持っているカメラの紐を引っ張ってカメラを落したのを、片山が被告人乙山に叩かれたと勘違いしているのが真相である。原判決が掲げる証拠中、乙山の有罪を認めるための唯一の根拠となる片山の証言は、前後矛盾し、到底信用に値しないものである。また当時被告人両名を含む動労組合員らが片山の周囲に集ってきたのは、一瞬の間の出来事であって、特定の犯罪を共同して行うという認識は全くなかったのであるから、「意思を相通じて」という原判決の認定は、数人が犯行現場に居合せさえすれば共同正犯が成立するという、きわめて安易な前提にもとづいた誤りを犯したものである。

(三)  被告人両名の行為は、国鉄当局及びこれと協力関係にある鉄労によって甚しい侵害にさらされている労働者の団結権を守るためにした正当な労働組合活動の一部であり、あるいは正当な組合活動に対する妨害を排除するために、やむなく必要最低限の反撃を加えた行為であって、正当防衛または緊急避難に該当し、仮に行き過ぎがあったとしても過剰防衛に該当するものである。仮にそうでないとしても可罰的違法性を欠くものである。原判決が右のような弁護人の主張をすべてしりぞけて被告人らの有罪を認めたのは、本件紛争の根本的原因である国鉄当局によって推進されたいわゆるマル生運動の実態に対する判断を回避し、マル生運動及びこれと結託した鉄労による動労に対する組織破壊工作が被告人らの行動を誘発した因果関係を全く無視して、被告人らの行動に対する法的評価を加えるのに必要な事実の認定を怠り、かつまた法令の解釈適用を誤った結果である、原判決は一応マル生運動が公共企業体等労働委員会によって不当労働行為であると認定されたこと、それにもかかわらず岡山地区でのマル生運動は同委員会が国鉄総裁に対して陳謝命令を発した後にも容易に衰えなかったことを認定しているのであるが、右のような概括的事実を羅列するのみで、その実情に対する認識が全く欠け、マル生運動を通じて相結託した国鉄当局と鉄労とが、動労に対して加えた切り崩し工作と、被告人らがこれに対処して団結権擁護のためにとった行動とについての理非曲直を明らかにしようとせず、本件起訴の対象とされた被告人らの行動を、その原因となっている一連の諸事実から切り離し、それが全体としての状況において持つ意味を無視して、時間的、空間的に狭く限定された一局面のみを強いて独立させて認定したことにより、これに対する正当な評価をなし得なかったものである。

(四)  本件の発端は、動労青年部員が藤井敦に対して、動労脱退を思いとどまるよう説得するため、同人との平穏な話合いを行っていたのに、当局及び鉄労が気脈を通じてこれを物理的に妨害したことにはじまる。右の話合いを行うことについては藤井において異存がなく、その手段方法にも何ら不当の点がなかったにもかかわらず、当局は一旦右話合いを岡山運転区岡山派出所内講習室で行うことを許可しながら、偽りの理由を構えてこれを取消したばかりでなく、同所内休憩室で開始された話合いが平穏に進められており、かつ右休憩室は従来特段の許可を要することなく自由に組合活動の場として用いられていたのに、当局は話合いがはじまってからわずか一〇分位の後に、多人数の職制を動員し、携帯マイクを用いて動労組合員に対し退去を要求する放送を絶え間なく繰返して、説得を続けることを妨害した。豊島末吉らの鉄労組合員も、当局の右不当介入行為に呼応して前記派出所内に立入り、休憩室前の廊下を行き来したり、室内をのぞき込んだりして、藤井に対する説得が実効をあげないよう邪魔立てする行為に出た。当局及び鉄労の右のような妨害行為は、不当労働行為によって破壊されつつある動労の組織を守るための唯一の対抗手段である説得活動を実質的に無効にするものであり、団結権に対する甚だしい侵害であるにかかわらず、原判決はこれを不当又は違法とするのか、あるいは適法とするのかについて、ことさら判断を避けており、事実認定に重大な欠陥がある。

(五)  原判決は、藤井敦が鉄労に加入すると共に、動労に対し正式に脱退届を提出した旨認定しているが、同人が鉄労組合員となったことを認め得る的確な証拠はなく、また「正式に」脱退届を出したという意味は不明である。当時藤井はまだ動労の規約による正規の脱退手続をとっていたわけではなく、動労側としては同人が組合員として在籍していると考え、説得によって脱退を思いとどまらせ得るという希望を捨てていなかったのである。

また原判決は、動労組合員一〇名位が藤井を休憩室内畳敷部分の上り口に腰かけさせ、そのまわりを取りかこみ、同人に対する説得を行ったが、同人が容易にこれに応じなかった旨認定して、あたかも藤井がその意に反して無理に腰かけさせられ、逃げないように取り囲まれて説得されたが、同人は話合いを拒んだもののように判示しているが、藤井が何らの束縛を受けることなく自由な意思で話合いに応じたものであることは明白な事実であり、原判決の認定は誤っている。

(六)  原判決は、「藤井が容易に説得に応じないため、原田幸生、田中信雄らは応援を求めることとし、その結果、下石井公園で春闘総決起集会に参加していた被告人甲野を含む動労岡山地本岡山運転区支部の青年部員十二、三名が同地本委員長万代昌俊の指令にもとづき支援におもむき、被告人乙山もその直後応援にかけつけ、藤井に対する説得に参加したり、その状況を見守ったりした」と判示しているが、甚だしい事実誤認である。前記のとおり当局側の管理者らと豊島末吉らの鉄労組合員とが気脈を通じて、原田、田中らの藤井に対する説得に介入し、露骨な妨害を加えた結果、説得を続けること自体が困難になったため、原田、田中らはやむを得ず伝令を走らせて地本役員の指示を仰ぐに至ったのであって、その目的は原判決がいうように藤井に対する説得行為自体を支援させるためではなく、これに対する妨害に対処するためであったことは、証拠上明白である。従って被告人らが動員された目的も、藤井を説得することに協力するためではなく、これに対する当局及び鉄労の妨害を妨ぐためであって、この点については証拠上疑問の余地がないのに、原判決がことさら誤った事実を認定したのは、組合運動に対する極端な偏見によるものか、当局及び鉄労の行為の違法性を問題とすることを避けようとする意図に出たものかと疑われるのである。

また原判決は「被告人甲野を含む岡山運転区支部の青年部員十二、三名が説得の支援におもむき」と述べているが、この点も誤っている。事件は岡山運転区で発生しているが、被告人甲野は岡山支部(その組織範囲は岡山機関区である)の所属である。因みに原判決は被告人甲野の組合における地位につき、「岡山地本岡山機関区支部青年部長の任にあった」としているが、岡山機関区支部という名称の支部は存在しない。そして岡山運転区支部の組合員は最初から藤井の説得に当っており、後から当局及び鉄労の妨害に対抗するため派遣された組合員は、岡山支部と岡山気動車区支部に所属する組合員である。

原判決はこの外被告人甲野の経歴についても誤った判示をするなど、この種の単純な事実に関してすら再三誤認をくり返しており、審理の粗雑さがうかがわれるのである。

(七)  原判決は「鉄労岡山地本岡山運転区支部の役員数名は、不測の事態に備えて同運転区派出所一階にある鉄労組合事務所に待機し、同運転区指導掛である鉄労組合員豊島末吉も右事務所にきて、他の組合員らとともに藤井に対する動労組合員の説得状況を見守っていた」と認定しているが、鉄労の動きは決してそのような消極的なものではなく、積極的に動労側の説得工作を妨害する意図で、動員態勢をしいて行動していた。

前記のように藤井に対する説得がはじまった直後である一七時四〇分ごろから、当局側がマイクを用いるなどして妨害をはじめると、鉄労側も当局職制と並んで行動し、説得が行われている休憩室をのぞきこんだり、中に入って藤井の近くで寝転んだり、将棋を指したりして、動労組合員が藤井と落ち着いてまじめに話合うことを妨げた。休憩室前の廊下でも、十数名の鉄労組合員が右往左往していた。豊島はその中でも特に目立つ行動をして動労組合員を挑発しようとしていた。

原判決は更に「岡山鉄道管理局客貨車課長伊藤正、岡山運転区長片山基義、同区首席助役小山弘行ほか同区助役等管理者数名は、午後五時三〇分ごろ相次いで同運転区岡山派出所二階休憩室前廊下にきて、動労組合員の動きと前記藤井敦に対する説得活動の推移を見守っていた。そしてその間右小山弘行は動労組合員に対し携帯マイクで『運転区の業務に関係のない者はすぐ庁舎から出なさい』などとくり返して退去命令を出したが、動労組合員らはこれに従わなかったものである」と判示しているが、当局側の動きは、単に見守るというような消極的なものではなく、マイクによる退去命令なるものは、説得活動を妨害する目的でくり返されたものである。前記のように藤井との話合いは最初は岡山派出所内の講習室で行われる予定であり、派出所長がその使用について内諾を与えていた。ところが本件が発生した昭和四七年四月二〇日当日の昼になって、運転区支部書記長原田聿生が小山首席助役のところへ使用許可の確認を求めに行った段階で、会議に使う必要があるとの理由で断られた。しかし当日その時刻には講習室では何の業務も行われず、拒絶の理由は嘘であったことが明らかになった。動労側ではやむを得ず休憩室で話合いをすることに決めた。休憩室は従来組合用務等のためいつでも自由に使用することが慣行になっており、支部の執行委員会とか簡単な集会のために利用されていた。本来は待ち時間中の乗務員が休憩等に利用する部屋であり、業務のために用いられることはなく、いつも開放されていて自由に立入ることができるが、空いている時間が多く、人がいる場合でも室の一部を使用しているだけなので、組合用務に使うについても一々許可を求めたことはなく、当然自由に使用できるものと考えられており、そのことは当局の管理者がいる事務室が休憩室の隣にある関係上、当局側が当然承知していることであった。本件当日、藤井との話合いがはじまった一七時三〇分ごろには、休憩室には誰もいなかった。話合いの途中で鉄労組合員数名が入ってきて、寝転んだり将棋を指したりしたが、動労側はそれが意識的な妨害であることはわかっていても、入室を拒むような態度は一切示していないし、説得に加わった人数もそれほど多くはなかったから、鉄労側の数人が寝転ぶなどしても十分に余裕があり、本来の使用目的である乗務員の休憩ができなくなったということは全くない。藤井との話合いに当った動労組合員も、長年同じ職場で働いた親しい同僚ばかりで、話合いは全く平穏に行われ、二〇時二〇分ごろにはじまる藤井の勤務にも全然支障なく終る予定であり、現にそのとおりに終っている。当局側管理者は一九時前ごろに藤井を事務室に呼んで事情をきいているが、その時も藤井は一九時二〇分ごろまでは話合いを続けることに応じると述べているので、藤井が話合いを強いられたものでないことも明らかである。

このように藤井に対する説得活動は、いかなる点から見ても不当なところはなく、何ら職場秩序を乱すものではなかった。ところが当局側は非常識にも、説得がはじまってからわずか一〇分後に、休憩室の窓を開け、マイクを室内に入れ、音量を一杯にあげて退去要求をくり返し、積極的に説得を妨害する行動に出た。これは決して原判決がいうような「説得活動の推移を見守っていた」というような消極的な対応の仕方ではなく、原判決は明らかに事実を誤認している。

当局側の右のような行動は明らかに労働者の団結権を侵害する不当労働行為であって、本件で訴追されている被告人らの行動は、これに対抗するための防衛的なものであり、正当な組合活動である。

(八)  原判決は、被告人甲野が「休憩室前廊下において、説得のなりゆきを見守っていた豊島末吉を認めるや、同人に近付き、近くに掲示してあった鉄労の掲示板の内容について説明を求めたところ、同人が『担当者でないからわからない』と答えたので、被告人乙山ともどもこれに腹を立て、他数名の動労組合員と意思を相通じて、全員で豊島を取り囲み、こもごも肘で同人の胸部などを突き、あるいは同人の脚にひざ蹴りを加えるなどの暴行を加えた」旨判示しているが、全く事実を誤認したものである。

前記のように豊島は鉄労組合員の中でも特に目立つ行動をして説得の妨害を図っていたもので、その態度は到底「見守る」というような言葉で表現されるべきものではなかった。同人は相当長時間にわたって休憩室前の廊下を右往左往し、さらに管理者によって開けられた休憩室の窓から中をのぞき込むなどして動労側を挑発したので、その時室内にいた被告人甲野は説得が平穏に進むことを願って同人に対し、二、三回その場から立ち去るように求めたが、同人はこれに応じなかった。そこで被告人甲野は休憩室を出て、豊島に向って「何のためにこの中をのぞき込んだりするんなら」とか、「鉄労の組合員が廊下を行ったり来たりするのは混乱が起きるもとだ」とか、「一対一で話をしょう」とか言った。そこへ動労組合員の入屋忠彦が加わり、更に廊下の西の方にいた動労組合員が三、四人やってきて豊島に向い、「さっきの話の続きだ」と言って鉄労の掲示板内容の説明を求め、豊島とにらみ合う形になったのである。被告人甲野は掲示板の話は何もしていないのであるから、豊島が被告人甲野に対して、「担当者でないからわからない」というような返事をしたことはなかった。被告人乙山がその場に来合せたのは、更にその後のことであって、被告人甲野は被告人乙山がきたことに全く気づいていなかったから、この二人が互いに意思を通じて豊島に対して暴行を加えるというようなことはあり得ない。

原判決は被告人らの行為が労働組合の正当な行為であるとの弁護人の主張に対して、被告人らは豊島が鉄労の掲示板の内容を説明せよという被告人甲野の要求に対して明らかに答えなかったことに憤慨して、同人に暴行を加えたのであるから、犯行の目的、動機の点において既に正当性がない旨判示して、本件が組合活動とは無関係な、個人的、派生的な事件であるように言うが、このような見方は全く事柄の本質を見過しているもので、掲示板の問題は本件の原因ではない。豊島と動労組合員との間で掲示板の内容について論争があったことは事実であるが、そこでもみ合いが生じたのは、豊島が動労組合員の一人の爪先を踏み、更に右論争について勝ち目がないので、ごまかして帰ろうとし、その際横柄な態度をとって、更に別の組合員の足を踏んだり、手で前にいる組合員を強引にかき分けたり押したりし、一方廊下に出ていた管理者が豊島を返してやれと組合員の後からかき分けて押すような行動をとり、これらの動きがからみ合ったためである。

被告人らが豊島の胸を肘で突いたり、脚にひざ蹴りを加えたりしたというのも全く事実に反する。被告人らは豊島に肘突きやひざ蹴りを加えることができるほど同人に近寄ってはいなかったし、原判示のような集団暴行が行われたとしたら、当時現場にあったゴムの木など数種の植木にも多少の損傷が及ぶのが当然であるが、そういう事実は全くない。

(九)  原判決は、「被告人両名ほか数名の動労組合員は、岡山運転区長片山基義が豊島に対して現に行われている原判示第一の集団暴行の状況を証拠保全するために写真撮影したのを見て、いたく憤激し、意思を相通じて」片山に対し原判示第二のような暴行を数人共同して加えた旨認定し、被告人らは適法行為として許容されるべき片山の前記行為に憤激して右犯行に及んだものであるから、右犯行はその目的、動機の点において既に正当性がないと判示して、労働組合の正当な行為であるとの弁護人の主張をしりぞけているが、右認定、判断も誤っている。

片山区長は当局側の現場最高責任者として、説得活動の妨害を図った張本人であるが、容易にその意図が達せられないのでいらいらしていたところ、たまたま廊下で豊島が動労組合員に囲まれているのを見て、すぐそばにいた客貨車課長や助役らが何もしないで見ていたのに、組合員を挑発する目的でわざわざカメラを持出し、証拠保全の目的も必要性もないのに、写真をとるような恰好をして、ことさら混乱を招いたのである。同人の行為は原判決がいうような適法行為とはいえない。また組合員らがその場で同人に抗議して詰め寄ったのは、単に右撮影行為に憤激したのではなく、これを同人が現場の長として一貫して実施してきた組合活動に対する権力的弾圧の延長としてとらえて、その非常識な挑発的態度に怒りを集中させたのであって、このような行動は組合活動の正当な目的から逸脱したものではない。

(一〇)  右のとおり被告人らの行為は、いずれも正当な組合活動と目すべきものであるのに、原判決は組合活動そのものの目的と組合活動中に生じた個々の事件の動機、原因とを混同して、被告人らの行為は組合活動の正当な目的のためにしたものではないとしているのであって、組合活動の正当性に関する法令の解釈適用を誤っている。さらに正当防衛、緊急避難等の成立をも認めず、可罰的違法性がないとの主張をも容れなかったのは、事実認定の誤りと同時に法令適用の誤りにもとづくもので、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

(一一)  仮に以上の主張がいずれも認められず、被告人らが処罰を免れないとしても、本件が国鉄当局の不当労働行為に端を発したものであること、組合活動中の偶発的な出来事であること、被害者らに挑発的行動があったこと、被害が軽微であること、被告人両名は本件起訴後停職処分を受け、既に相当の苦痛を忍んでおり、このうえ更に体刑に処せられれば、執行猶予付の刑であっても、国鉄職員の地位を失う結果となること等の情状を斟酌すれば、原判決の量刑は不当に重過ぎるもので、本件は罰金刑をもって処断すべき事案である。

二、そこで記録を精査し、当審における事実調の結果を参酌して検討して見るに、原判決には措辞必ずしも適切ならざる点があり、一部に事実を誤認している点も指摘されるけれども、それらの瑕疵は未だ判決に影響を及ぼすほどのものではなく、被告人両名が原判示の各犯行を行った事実そのものは十分認めることができ、右各所為が弁護人主張のように正当な組合活動であるとも、団結権擁護のためにやむなくした緊急行為であるとも、認めることはできず、可罰的違法性を欠くものとも認められないので、被告人らの無罪を主張する論旨は、いずれも理由がない。

弁護人らは原判決が被告人らの行為をその背景となっている一切の事情から切り離して、全く個人的、偶発的な行為として、その違法性を認めていると指摘し、労働運動の場において対立する当事者間に生じた本件の事案につき、根本的な争いの原因を究明することなく個々の行為のみについて違法性の有無を判定しようとするのは誤りであるとの趣旨を力説するのであるが、労働者の団体行動に際して行われた個々の行為の違法性の有無と、その団体行動が全体として正当な権利の行使として是認されるか否かは、一応区別して判定すべきであって、合法的な団体行動に際して生じた行為であるからと言って、一般的に違法性が阻却されるものでないことは当然であるから、所論指摘のように原判決が本件の背景となっている動労とこれに対立する国鉄当局及び鉄労との争いについて、積極的にその原因を解明せず、また本件の日時場所において被告人両名が参加していた動労組合員による団体行動について、これを合法的行動として是認するのか否かを明らかにしていないとしても、そのことを直ちに不当ということはできない。なるほど本件は国鉄当局が動労の勢力を弱め、当局に有利な労使関係を築く目的で、その手段として不当労働行為をもあえて辞さないという本来是認し得ない方針にもとづいて推進してきたいわゆるマル生運動が、当局側管理者が動労組合員に対して動労からの脱退と鉄労への加入を勧誘した事実を認定し、国鉄総裁が動労に対して文書をもって陳謝すべきことを命じた公共企業体等労働委員会の命令により、自粛を余儀なくされたにもかかわらず、岡山地区においては依然として当局による支配介入とみられる事例が跡を絶たず、このため動労組合員の間に、このままでは組織が切崩されるという危機感と、当局及び鉄労に対する敵意が高まり、その間の対立が甚だ深刻になっていたという状況のもとで発生したものであり、そのような状況が生じたことについては、国鉄当局の労務政策に責めを帰すべき点が少なくないということはできるが、そのような状況のもとで組織防衛を目的とする団体行動に際して行われた個々の行為が何らかの犯罪構成要件に該当するとされ、これについての違法性阻却事由の有無が争われる場合には、その行為が組織防衛という目的のために必要かつやむを得ずしてなされた行為といえるかどうかが、当然に問題とされなければならず、この点が否定されるならば、当該行為を正当な団体行動または正当防衛等の緊急行為に該当するものとして、その違法性を否定する余地はあり得ない。そして本件の場合、被告人らがそれぞれ原判示の各行為をしたことは原判決挙示の各証拠によって認められ、所論に鑑み記録を精査し、当審における事実調の結果を参酌してみても、この点について誤認の疑いはなく、かつこれらの行為が組織防衛の目的のため、やむを得ない必要な措置であったと認めることはできないのであるから、全体としての団体行動が団体行動権の正当な行使として是認されるか否かは、情状面においては重視すべき点であっても、犯罪の成否にかかわる事柄ではなく、原判決がこの点について積極的な判断を示していないことを非難する論旨は、判決に影響を及ぼすべき事実誤認または法令適用の誤りの主張としては理由がない。

三、まず、豊島末吉に対する傷害の点について見るに、所論は豊島の行動が藤井敦に対する説得を失敗させることを目的とした露骨な妨害である旨を強調するのであるが、同人は藤井の説得が行われていた二階休憩室前の廊下を行き来し、再三休憩室の窓から内部をのぞきこんだというだけで、被告人両名や弁護側証人らの供述によっても、豊島がその程度の行動しかしていなかったことは明らかである。もちろん豊島をはじめ、その場に動員されてきた鉄労組合員らが、動労に対する敵意と不信感を持ち、藤井が説得に応じないことを期待し、暗にこれを牽制する意図をもって説得の現場に姿を現したものであることは十分推認できるところであり、その行動が動労側から見て甚だ目ざわりに感じられたであろうことは当然で、その意味において原判決の「豊島は説得のなりゆきを見守っていたに過ぎない」という表現は、やや適切を欠くように見られないでもないが、動労側としても藤井の説得を行う場所として、国鉄の施設内を選んだ以上、国鉄職員であり、かつ、本件現場である岡山運転区岡山派出所に所属している豊島が、その場に姿を現すことを権利として拒み得るものではなく、現に説得が行われている休憩室内に数人の鉄労所属の乗務員らが休憩のため入ってくることをも容認していたのであるから、豊島の態度に牽制の意図がうかがわれたにせよ、同人の周囲に立ちふさがって心理的圧力を加える程度のことは格別、直接同人の身体に対して腕力をふるうような行為が許されないのは当然である。しかも当時現場附近には、多数の動労組合員が詰めかけており、これに対し鉄労側で二階にあがっていたのは、豊島を含めて二、三名に過ぎなかったと認められるのであるから、同人らの内心の意図がどうであろうと、鉄労側から積極的な介入を試みられるような状況ではなかったということができる。

右のような状況のもとで、被告人両名が外数名の動労組合員と意思を相通じて豊島に対して加えた原判示第一の所為は、到底所論のような正当な組合活動とは認められず、正当防衛等の緊急行為にも該当しないことが明らかである。現に被告人甲野の原審第二一回公判における供述によれば、豊島は被告人らに取り巻かれ、その勢に抗し兼ねて、もう帰ると言い出した事実が認められるのであるから、そのうえ更に暴行を加えなくてはならない理由は全くあり得ない(記録一、三七〇丁以下参照)。

所論は、被告人らが原判示の暴行を加えた事実はなく、その結果豊島が傷害を受けたことも疑わしいと主張するけれども、豊島が被告人甲野外数名の動労組合員から、肘突き、ひざ蹴り等の暴行を受けたことは、同人及び松田正義の原審における各証言によって認めることができ、被告人乙山も検察官に対する供述調書において、「豊島が五、六人の動労組合員に取囲まれ、押されて私の方によろけてきて私の体に当ったので、私は両手で押し返してやった。豊島はさらに二、三度押されてよろけてきたので、私はその都度肩で同人を押し返した」旨を供述しているのであって、これらの供述はいずれも信用すべきものと認められ、この点に関する原判決の認定に誤りはない(もっとも、被告人乙山自身が肘突き、ひざ蹴りなどの行為をしたという証拠はないが、少なくとも同被告人が同僚の組合員らによって豊島が体を押されているのを認めたうえで、自分もその行為に加わる意思で同人を押し返したことは、右の供述によって認めることができるから、原判決の認定は、やや舌足らずの嫌いはあるが、格別誤りとはいえない。この場合、被告人両名が互いに相被告人の存在を意識してはいなかったとしても、同僚数名と共に暴行を行う意思がある以上、原判決のように判示することが誤りでないことはいうまでもない)。また右暴行の結果豊島が原判示の傷害を負った事実も、証拠上何らの不合理なく認定することができ、事実誤認の疑いはない。所論は敵性証人である豊島の証言は信用できないと強調するけれども、豊島が直接の被害者として被告人らに忿懣の情を抱き、鉄労組合員としての立場からも本件が刑事事件として立件されることを望んだであろうことは、一応推察できるとしても、そのためにわざわざありもしない痛みを医師に訴え、診察を乞うとまでは考えられない。豊島が本件の被害に会った当日は医師に対し右下腿部皮下血腫の痛みのみを訴え、加療約三日を要するとの診断を受け、その後四日目の昭和四七年四月二四日に至ってはじめて右胸部の痛みを訴えて加療約一週間を要するとの診断を受けたこと、その際患部には外見上もレントゲン撮影の結果によっても異状が認められなかったことは、所論指摘のとおりであるが、加害者の処罰を求めるためにわざわざ医師に嘘をついてレントゲン検査まで受けるということは常人の行動としては想像しがたく、また、本件の場合、右下腿部の傷害だけでは刑事事件として取りあげられないということもない。一方、受傷後数日を経てはじめて打撲された部分が痛み出すということは格別あり得ないことではないから、右のような事情が認められるからと言って、豊島の証言が信用できないとは言えない。因みに暦によれば昭和四七年四月二四日は月曜日であるから、豊島はその前々日ごろ胸の痛みを感じはじめ、月曜日がくるのを待って病院に行ったということも考えられなくはない。この点につき豊島が四月二一日に胸部の診察を受けに行ったように証言しているのは思い違いという外はないが、事件後一年を経た後の公判廷での証言にその程度の誤りがあるからと言って、証言全体の信憑性が左右されるものではない。

なお原判決は、「被告人らは豊島が鉄労の掲示板の内容を説明せよという被告人甲野の求めに対し、明確な説明をしなかったことに憤慨して同人に暴行を加えた」旨認定しているが、掲示板の内容の問題は動労の立場からする鉄労に対する批判の一資料として持出されたに過ぎないと見るべきで、豊島がその説明をしなかったことが暴行の動機になったというのは、いささか不自然であり、また被告人甲野が右のような要求をしたという点については、原判決にそう豊島の証言は他の証拠と対比して必ずしも信用できないが、これらの点で原判決の認定に多少の疑問があるとしても、被告人らの行為の違法性が阻却されないという結論において誤りはないから、判決に影響を及ぼすほどの瑕疵とはいえない。

四、次に片山基義に対する暴力行為の点については、所論は片山が豊島に対する暴行が行われている現場の写真を撮影しようとしたのは、違法ないし不当な挑発行為であると強調するけれども、違法行為の現場写真を証拠保全の目的で撮影することが一般的に言って適法行為として許されるべきことは当然で、本件の場合もその例外となるような特段の事情はなく、仮に片山の真意が証拠保全よりもむしろ写真を撮影することで動労組合員らの気勢をそぎ、豊島に対する暴行をやめさせることを目的としていた(記録一、七七七丁参照)としても、これを不当とすべき理由は全くない。そのうえ片山に対する被告人らの行為は、単にカメラの前に立ちふさがって妨害するとか、撮影したフィルムの引渡しを要求するとかいうのではなく、むしろ感情をむき出しにした報復的暴行というべきものがあるから、片山がカメラを持ち出したことが、当時の具体的情況に照らし、管理者として適切な措置であったか否かについては、疑問がないわけではないとしても、被告人らの行為を正当防衛、緊急避難等に該当するものとして是認し得る余地はない。この点の論旨は理由がない。

所論は被告人乙山が片山に対して原判示のような行為をした事実は全くない、というのであるが、(証拠略)を総合して見ると、片山が頭上にカメラをさしあげ、豊島が囲まれている様子を撮影しはじめ、二回目にシャッターを切った時、黒縁の眼鏡をかけ、白ヘルをかぶった背の高い男が、おどりゃあとわめきながら手で片山の右腕を叩いてカメラを取り落させ、体当りをするような勢で同人の着衣の胸のあたりをネクタイごとつかんで二、三回押したり引いたりし、そのため一番上のボタンがちぎれたこと、片山はこの男だけは覚えておくつもりで人相を観察し、その後警察官から五、六人の被疑者の写真を見せられて、その中から被告人乙山を犯人として特定したことが認められ、この事実に(人証略)の「眼鏡をかけ、白ヘルをかぶって、作業服のような身なりをした身長一七〇センチ位の男が、おどりゃあ何をすんならと言いながら、カメラを持っている片山の右腕にぶらさがるような恰好をした」旨の供述部分、司法巡査奥崎尚孝、同矢谷清志各作成の「現場写真の撮影状況報告について」、「傷害事件の現場写真撮影報告について」とそれぞれ題する書面の各添付写真及び原審第二〇回公判調書中の被告人乙山の供述部分を総合すると、被告人乙山が片山のいう前記暴行の犯人であることを認めるに十分である。もっとも片山は原審第六、七回公判廷においては、現に法廷にいる被告人乙山を見て右犯人と同一人物であるとは断言しがたい旨供述しているが、それは本件発生後一年余りを経た後のことで、その間片山は被告人乙山と全く出会う機会がなかったというのであるから、事件当時の記憶が既に色あせてしまい、被告人乙山が右暴行犯人にまちがいないと断定することにためらいを感じたとしても、格別あやしむべきことではなく、片山がそのようなあいまいな証言をしているからと言って、被告人乙山が前記のような暴行をしたことを認める妨げにはならない。

所論は片山がカメラを落したのは河本清がカメラの紐を引っ張ったためであり、また片山の胸ぐらをつかんで引っ張ったのは真殿末男であると主張し、河本、真殿の両名はいずれも原審及び当審各公判廷において右主張にそう証言をしている。しかし片山の証言によれば、片山は動労岡山地方本部書記長である河本の顔を日頃から知っており、もし河本が片山のカメラを引き落して撮影の妨害をしたのであれば、これを被告人乙山の行為と誤認するはずはないことが認められ、その他の関係証拠によっても河本と被告人乙山の共通点といえば眼鏡をかけていること位で、そのレンズの色も違い、背丈や顔形に至っては全然似通ったところがなく、しかも当時被告人乙山はヘルメットをかぶっていたが、河本は何もかぶっていなかったことが認められるから、「私が眼鏡をかけていたので、区長が乙山と見まちがえたのではないかと思う」との河本の供述は、いかにも不合理で、同人の証言は結局信用できない。次に真殿は「片山がカメラを持ちあげているのを休憩室の中から見た。その後片山が階段の上の手すりにしがみついているのを見て休憩室から出、片山のそばに寄って行くと右側に乙山がいた。私は片山が区長だということを知らず、お前は誰なら、何を挑発するんならと言いながら、えりに手をかけて二度引っ張ったら、一番上のボタンが落ちた。その時乙山が、これは区長らしいぞと言ったので、私はそそくさと逃げた」旨証言しているが、片山の証言によれば同人はカメラを落した直後に胸ぐらをつかまれ、その時ボタンが落ちたもので、階段の上の手すりに押しつけられ、これにつかまる恰好になったのは、それより後のことであることが認められるから、仮に真殿が片山のえりをつかんだ事実があったとしても、ボタンが落ちたのはその時ではなく、その以前に被告人乙山が前記のような暴行をしてボタンをちぎったと認めるべきで、真殿の証言は全面的には信用できない。

被告人乙山自身は片山が言うような暴行をした事実を捜査段階から一貫して否認しているが、同被告人の供述は、片山がカメラを持ちあげて写真をとろうとしていることに全然気がつかなかったとしている点などにおいて、作為的なものがうかがわれ、容易に信用できない。なお同被告人は本件の六日前に発生した鉄労岡山地本岡山気動車区支部支部長三宅義博を被害者とする監禁被疑事件(その内容は同被告人外二名が監禁罪に問われ、現に当裁判所と構成員二名を共通にする合議体により控訴審の審判を受けていることから、当裁判所に職務上顕著な事実である)の被疑者として逮捕勾留され、その勾留期間中に本件についても取調を受けたもので、本件の被疑事実については、監禁事件の取調が終った後に比較的短時間の取調が行われただけであったことが認められる。結局原判決の認定に所論のような誤りがあるとは認められず、この点の論旨も理由がない。所論は原判決が前記真殿の証言を証拠として掲げながら、これと矛盾する事実を認定しているのは、理由のくいちがいに当ると非難するが、挙示された証拠の一部に認定事実にそわない部分があっても、特にその部分を除く趣旨を判決に明記する必要はなく、原判決が真殿の証言をその認定と一致する限りにおいて採用したものであることは明らかであるから、この点をとらえて理由のくいちがいとするのは、もとより当らない。

次に所論は被告人甲野も片山に対し原判示のような顔に唾をかけ、耳もとで怒号し、頭にかぶったヘルメットで片山の顔面を小突くなどの行為をしたことはない、というのであるが、同被告人がこれらの行為をしたことは原審公判調書中の証人片山基義、同伊藤正の各供述部分により明らかに認めることができる。もっとも原判決の「ヘルメットを着用した頭部で片山の顔面を小突く」という表現にはいささかわかりにくい点があるが、結局片山の証言中の「ヘルメットの前の方のふちが右目尻の辺に当った」(記録三四三丁参照)という事実を示すものと解し得る。所論は被告人甲野は当時ヘルメットのあご紐をしめておらず、背丈も片山より一〇センチ以上高かったから、そのようなことをすればヘルメットが落ちてしまうと強調するが、ヘルメットのあご紐をしめていなかったという被告人甲野の原審及び当審公判廷における供述はたやすく信用できず、また当時同被告人は階段を二階の平面から一、二段下ったところで手すりをはさんで二階の廊下にいる片山と向い合ったこともあったと認められるので、両者の頭が同じ位の高さに並ぶこともあり得たはずで、原判決の認定を不合理とすべき理由はない。

最後に所論は、原判決が被告人両名及び外数名の動労組合員が意思を相通じて片山に対し数人共同して暴行を加えた旨認定している点につき、そのような意思の連絡はなかったと主張しているが、片山に対し被告人両名を含む複数の者により原判示のような暴行が行われたことは証拠上明らかであり、その際被告人両名においていずれも自己以外の者が現に自己と共同して暴行を行っていることを認識していたことにも疑問の余地がないから、原判決の認定には何ら誤りはない。

五、以上のとおり原判示の罪となるべき事実に関する原判決の認定には、所論のような判決に影響を及ぼすべき事実誤認の疑いはなく、正当防衛、緊急避難等を主張する論旨もすべて理由がない。また可罰的違法性を欠く旨の主張については、被告人らがいわゆるマル生運動に対する団結権の擁護を目的として団体行動を行っていたものであることは認められ、その目的自体は何ら非難すべきいわれがないものとして是認できるけれども、被告人らの本件各行為は右の目的からはむしろ逸脱した、ほとんど無意味な暴力行為といわざるを得ず、その態様も孤立している被害者に一方的に攻撃を加えたもので、粗暴かつ異常であり、これらの点だけから見ても到底社会通念上許容される範囲内の行為ということはできないから、右の主張も理由がない。

しかしながら所論は原判決が(本件犯行に至る経緯)として判示している部分の事実認定に対しても多くの論難を加えており、これらの主張は結局において判決に影響を及ぼすべき事実誤認の主張とはいえないのであるが、情状の面では必ずしも軽視できない点も含まれているので、改めて当裁判所の判断を示すこととする。

所論はまず原判決は藤井敦に対する説得工作が同人の自由を束縛するような方法で行われたものの如く判示しているのは誤りである、と指摘するが、原判決もその措辞にあいまいな点はあるけれども、格別藤井が任意に話合いに応じたことを否定しているわけではなく、説得の手段方法に不当な点があったと認めているものとも解されない。しかし次に原判決が、藤井が説得に応じないため、被告人両名を含む動労組合員多数が、説得の支援におもむいた旨判示しているのは、所論指摘のとおり事実を誤認したものであって、具体的事実の経緯は管理者側が藤井の説得に当っている原田聿生、田中信雄ら動労組合員に対して休憩室からの退去を要求し、鉄労組合員らも集ってくる様子がうかがわれたので、原田、田中らがやむなく伝令を走らせて動労岡山地本委員長万代昌俊らに対策の指示を求めた結果、被告人らが万代の指令にもとづき本件現場におもむくに至ったのである。当局側の右退去要求は一応庁舎管理権にもとづくものではあるが、藤井に対する説得が開始された直後に、格別客観的に不穏な状況が発生したわけでもなく、庁舎内で説得を行うことが業務上支障を来たすという具体的な事情も認められないのに、ほとんど一方的に発せられたもので、動労側がこれを説得活動自体に対する干渉として受取り、逆に多数の組合員を動員してこれに対抗する措置に出たのは、事の成り行きとしてやむを得ないものがあったということができる。この点原判決の前記のような認定は証拠にもとづかず、事実を誤認したものといわざるを得ず、また原判決が当局側管理者は「動労組合員の動きと藤井に対する説得活動の推移を見守っていた」と判示しているのも、右のように当局側が最初から庁舎内で説得を行うこと自体を認めず、退去要求をくり返していたという事実にそわないもので、誤認というべきである。

その他原判決には、被告人甲野が岡山気動車区に臨時雇いとして採用された後、同区整備係となり、その後岡山機関区へ機関助士として転勤したという経歴を、一部誤って判示していること、岡山支部という名称を岡山機関区支部と誤っていること、被告人甲野及び同被告人と共に本件現場におもむいた組合員らは、いずれも岡山支部青年部に属しているのに、岡山運転区支部と誤っていること等の誤りが認められるけれども、それらの誤りが判決に何ら影響を及ぼすものでないことは、いうまでもない。

六、所論は予備的な主張として、仮に被告人らが本件各公訴事実につき、有罪の認定を免れないとしても、原判決が被告人両名に対して懲役刑を選択したのは、量刑が不当に重過ぎる、と主張するので、その当否について検討してみるに、本件各所為はいずれも被害者を大勢で取り囲んで集団暴行を加えたという点で悪質であるが、その被害の程度は、いずれも一般の裁判例において当然に懲役刑が選択されるほどに重いものとはいえないことに加えて、被告人らがこのような行動に走るに至った背後には、国鉄当局が不当労働行為をあえて冒してまで動労の弱体化と鉄労の育成を図ろうとする労務政策を実行してきたことが、動労組合員の間に当局及び鉄労に対する深刻な敵意と不信感をつのらせてきた事情があり、また被告人らが本件現場に参集する原因となった当局側の動労組合員に対する退去命令も、所論のように違法とまでは断じがたいにせよ、その妥当性についてはかなり疑問の余地があるもので、この点で片山区長らの態度は一方的に過ぎた嫌いがあること、被告人らは実際に暴行に加わった組合員多数の中から二人だけ特定されて起訴されたものであるが、必ずしも被告人両名の所為が他の共犯者らの所為にくらべていちじるしく悪質であるとはいえず、被告人両名が特に指導的な役割を果したとも認められないことなどの被告人らに有利に斟酌すべき情状をも考慮に入れると、被告人らに対してはいずれも罰金刑を選択するのが相当で、懲役刑を選択した原判決の量刑は不当に重過ぎると認められる。論旨は理由がある。

七、よって刑事訴訟法三九七条一項、三八一条に則り、原判決を破棄し、同法四〇〇条但書にもとづいて当裁判所において更に次のとおり判決する。

原判決が認定した被告人両名の各所為に法令を適用すると、原判示第一の点はいずれも刑法二〇四条、六〇条及び行為時においては昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号、裁判時においては右改正後の同法三条一項一号に、原判示第二の点はいずれも暴力行為等処罰ニ関スル法律一条(刑法二〇八条)及び行為時においては昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項二号、裁判時においては右改正後の同法三条一項二号に、それぞれ該当するので、刑法六条、一〇条により、いずれも軽い行為時の法を適用し、いずれも所定刑中罰金刑を選択し、各被告人のこれらの罪は、いずれも同法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪につき定めた罰金の合算額の範囲内で、被告人両名をそれぞれ罰金四万円に処し、右罰金を完納することができない時は、同法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は、昭和四八年六月一日証人松田正義に支給した分を除き、その余全部を刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により、被告人両名に連帯して負担させる。

よって、主文のとおり判決する。

(なお原判示罪となるべき事実第二の三行目に「動労組合員豊島」とあるのは「鉄労組合員豊島」の明白な誤記であり、原判決挙示の証拠の標目中、被告人乙山の司法警察員に対する昭和四七年四月二六日付供述調書は、同被告人のみに対する証拠として挙示されたもの、司法巡査作成の捜査報告書二通とあるのは、奥崎尚孝、矢谷清志各作成の書面を示したもの、医師浦上征男作成の診断書二通とあるうち、後綴分は診断書の写を示したものとそれぞれ解する。)

(裁判官 大野孝英 裁判官 山田真也 裁判長裁判官久安弘一は、転補のため署名押印することができない。裁判官 大野孝英)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例